幼い時に見たアニメ。調べると、やはり
「鉄腕アトム」のリメイク版として企画されたが、当時の手塚治虫の状況から断念し、アトムの要素、設定を取り入れた新しい作品として制作された。とあり、「当時の手塚治虫の状況から断念し・・・」というのはイマイチよくわからないが、内容は全くもって「鉄腕アトム」でした。
「ストップ!!
ひばりくん」
江口寿史の
ギャグ漫画作品のアニメ。
「週刊少年ジャンプ」に、1981年45号 - 1983年51号に連載されていた。
この当時で、「
ひばりくん」は女装した男性を主人公にした漫画であり、この頃から「Mr.レディ」という言葉が出始めた頃で、先駆け的な漫画である。今となってみれば、そんなに衝撃はない作品だったが、当時はこんな人はいないと思っていた矢先の数年後には、綺麗な男性がテレビに出てくる時代がやってくるのだ。暗示していたとは言わないが、先見の明であろうか。
この作品、未だ未完の作品である。当時この作品を見ていたが、ネタが出てこない作者の苦悩を表した漫画が多くなり、打ち切りされた印象が強い。当時の漫画家に厳しい集英社にとっては、破格の優遇を受けながらも『
ひばりくん』を中断し、未完のまま放り出してしまったのは珍しいだろう。タイトル通りに本当にストップしている状態であり、完結まで見てみたい作品である。
豆知識であるが、エンディングの最初のギターは、若き頃の
布袋寅泰がギターを弾いているらしい。TVアニメでひばりを演じた
間嶋里美と耕作を演じた
古谷徹は、その後夫婦になっている。
1984年(昭和59年)1月13日から同年9月28日まで日本テレビ系(一部地域を除く)で毎週金曜日17:30 - 18:00に全36話(本編35話 + 総集編1話)が放送された、
東映製作の
特撮テレビ番組である。
内容は、アイビー星人ニックは、大学の卒業論文で他惑星のレポートを書くために地球に訪れた。ところが地球では、大の子供嫌いの天才科学者プロフェッサーKが、子供をいじめるために様々な悪事を働いていた。偶然知り合った女性カメラマン・葉山真紀に一目惚れしたニックは、彼女がプロフェッサーK率いる組織「テンタクル」に襲われたところを助ける。それ以来ニックは地球に留まり、高瀬健として、またある時は素性を隠しつつ正義と子供たちの味方「
星雲仮面マシンマン」としてテンタクルと戦い続けるという、少し以前の
特撮モノとしては設定が異なる。
悪の組織は、世界征服がお約束の目標であるが、この「テンタクル」「オクトパス」の組織は、子供をいじめるという事で、プロフェッサーK自身が気持ちがスッキリとするということをしている組織である。このマシンマンの技に、「カタルシスウェーブ」という光線を放ち、人間の悪い心を善に変える作用があり改心させるという荒技を持っている。
マイナーなヒーローだが、人間味があり好感が持てるヒーローであると思う。
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荒木由美子主演の「燃えろアタック」。石ノ森章太郎原作のドラマ。
当時テレビ朝日では1980年のモスクワオリンピック(日本ボイコット)を民放独占中継することを決めていたこともあり、そのプロモーションという意味合いを込めて、小鹿ジュン(荒木由美子)を中心としたバレーボールに情熱を傾けた少女たちの物語である。
スパイクの際、ジャンプして上空で1回転した反動で打ち込む「ひぐま落とし」という必殺技があり、これをはじめとする数々の技のため、『サインはV』同様、現場では負傷者が絶えなかったらしい。
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とんねるずが、一気に一世風靡した曲「
一気!」です。石橋さんが、カメラを壊したエピソードもある気合いの入った曲であります。次の「雨の西麻布」が大ヒットまで、そんなに時間がかからなかった。
お笑いタレントの中では、歌とお笑いの活動を持続させた功労者であると思います。お笑いで歌活動をした、ザ・ぼんちもここまで出来なかったことです。テレビ業界の中で、持続していけてるタレントとして、ジャニーズ事務所までの路線を変えさせたコンビであります。
ご存知、志村けんさんが唄う「東村山音頭」であります。
東村山音頭の原曲があるそうで、1963年、東京都北多摩郡東村山町の市制施行を記念し東村山町農協が発売したそうです、現在でもオリジナル版のカセットテープが市内のJA東京みらい東村山支店で入手できるそうです。聴いてみたいですね。
志村けんバージョンはオリジナルとは歌詞・メロディとも相当異なり。オリジナルは伝統的な民謡調であり、「東村山○丁目」という歌詞は全くないそうです。「東村山1丁目」「東村山3丁目」「東村山4丁目」(「東村山2丁目」はなし)という広く知られたフレーズは志村けんのリメイクで初めて加えられたものです。なお、4丁目はオリジナルに近い形だが、それ以降が独自に加えられており、3丁目はいかりや長介、1丁目は志村けんが作詞・作曲を担当しているそうです。
松本人志氏が、やっさんのモノマネで暴れ回ります。
これをやったときは、まだ存命中でありました。このコント好評で、巷で流行りました。「怒るでしかし」「おい、キーボー」とちょっとした「やっさん」ブームでした。その最中、亡くなった記憶があり、このコントも無くなったような気がする。
新装開店しました。泡沫な映像を公開して、楽しもうというコンセプトでお送りしたいと思います。
第一弾として、
トニー谷「
さいざんすマンボ」であります。
昭和の
ヴォードヴィリアンである。
ヴォードヴィリアンとは、米国においての舞台での踊り、歌、手品、漫才などのショー・ビジネスのことである。ヴォードヴィルを演じる者は
ヴォードヴィリアン(Vaudevillian)と呼ばれる。コメディアンとも言えないで調べて行くと、この言葉に出会った。コメディアンかと思っていた。
人気の絶頂期にあった1955年7月15日、6歳になる長男が営利誘拐され、大騒ぎになった。犯人は7月21日に逮捕され、長男は無事解放されたが、
トニー谷は被害者にもかかわらずマスメディアから袋叩きに遭い、激しいメディア不信に陥った。バッシングの理由として、当時まだ日本は米軍の占領が終わったばかりで、カタコトの
トニー谷流英語(トニングリッシュ)を操って急に裕福になった成り上がり芸人に対し、潜在的な反感を持つ者も多かったことが挙げられる。犯人もまた、犯行の動機を問われて「
トニー谷の、人を小バカにした放送に反感をもった」と語っていた。また、人気絶頂期の
トニー谷は傲慢そのもので柳家金語楼や古川ロッパ等先輩への敬意に欠け、喜劇人仲間からも反感を持たれていたと言う事情もある。ソロバンを使った有名な芸も本来は坊屋三郎のアイデアで、坊屋は芸を盗まれたことに激怒していたという。ただし、伴淳三郎は、
トニー谷の傲慢な態度に反感を持ったものの、バッシングされた時には、その才能を惜しみ庇う発言をしている他、榎本健一は一貫してトニーを買っており、可愛がっていた。
このようなキャラの濃い芸人がいなくなったと思う。